直線-un conductor-[20150426@Salta]
写真も動画も撮らなかったのが心残りな話。
人様の助けを借りまくって無事Colomeに行く事ができたその次の日。
タクシーとバスを乗り継いで行くよりremis(固定料金のタクシー)を手配して一気にSalta迄戻るほうが割安かつ早いらしい事が判った。
Hacienda de Molinosのパティオで待っていると時間通りにドライバーがやってきた。
このおっさんの話。
・・・
ラリーレーサーでもやっていたのだろうか。
後に幾らかタクシーを使ってみて、やはりこのおっさんは別格だと判るのだが、運転がヤバい。
まあ先ずMolinos周辺の細い砂利道を走り始めた時点で、なんかスピードが普通じゃない。常に後輪が滑ってる。
「この辺でタクシーやってるとこのぐらいの腕があるもんなのか」とあっけにとられていたが、途中で同乗してきた地元のおばさんも載っけからあからさまにビビっている。
速すぎる。
・・・
おっさんは平気でタバコを吸いまくる。
重度のチェーンスモーカーで常にタバコが欠かせない。
おっさんは「70年代南米歌謡ベストダンスミックス」みたいな不思議チャカポコサウンドを好む。
Argentinaに限らず、南米の多くの人がこの不思議裏打ちチャカポコサウンドをこよなく愛している事を後に知る。この後ひと月ほどチャカポコ脳内ループに苛まれる事をこの時はまだ知らない。
おっさんの好物はクラッカー。
峠道で突然崖のような路肩に車を寄せおっさんは車を降りた。何だ何事だと、地元のおばさんを含めた我々が固唾を飲んで見守る中、おっさんはトランクから好物のクラッカーを取り出し、何事もなかったかのように運転を再開。おっさんは断崖を望む峠道を走りながら、袋入りの不味そうなクラッカーを器用に食べる。おっさん、停まった時に食べればいいじゃないの。
おっさんが車を降りた隙に、助手席に座らざるを得なかったおばさんは急いでシートベルトを締めた。
・・・
これだけ書くと、気狂いドライバーの餌食になったアホな旅行者と不運な地元のおばさんの死に至る顛末みたいな話にしか聞こえないのだが、言いたい事は別にある。
上手いのである。抜群に。
おっさんの運転は。
呆然とおっさんの運転に身を任せるうちに、気づいた。
おっさんの運転は決して前後にGが移動しない。
幾度となく慣れ親しんだ道なのか、はたまたおっさんの運転予測と反射神経が神掛かっているのか、アクセル・ブレーキが完璧に滑らか。カーブで横Gが掛かりこそすれ、砂利道でも舗装路でももはや走るというより滑るという表現が適当と思えるような滑らかさでおっさんの車は峠を駆け上がり、滑り降りてゆく。
直線。
おっさんは車線を意識していないのだろうか。おっさんのハンドルは必要最小限しか回転しない。
おっさんの運転は直線を指向しているかのよう。かと思えば、おっさんはヘアピンカーブでは無理をしない。
フルノーマルのvolkswagen(たぶんPassat・ガス車)の能力の限界を知るかのよう。
砂埃の舞い上がる砂利の崖道でも、おっさんは躊躇なく前を行く車を抜き去っていく。
急ブレーキも、アクセルが吹き上がる事も、無い。
・・・
美しい。
道ですれ違ったらまず目を合わせたく無いような野犬のような目つきの首の無いずんぐりしたこの糞オヤジの運転は、とても美しい。
助手席のおばさんが、「タバコが煙い。」「ちょっと速すぎるんじゃ無いの?」「運転しながら喰うな。」「危ないからそんなに追い越さなくていい。」なんて事を話しかけているのが分かったが、こちらの偽らざる気持ちはこうだった。
「かあさん、邪魔してくれるな。」
・・・
おっさんはほとんど喋らない。
おっさんはSaltaの街外れでcocaの葉を買った。
車に戻ったおっさんは、こっちが訊いても無いのに嬉しそうに「coca。」と言って笑った。
Saltaの宿の前まで迷う事なく車を廻したおっさんに金を支払うと、おっさんは尻のポケットから汗でくしゃくしゃにヨレた釣りを出して、もう一度笑った。
おっさんが笑ったのはこの2回だけだ。
・・・
たいして車に乗らないが、コーナーでハンドルに溜めた力をアクセルとともに弾き出すのが楽しいくらいはわかるつもりでいた。
しかし、おっさんの運転はそういうものとは180度異なる理念に貫かれている。
たぶん、おっさん自身には理念や概念ですらないだろう。
美しいものを観た。
そういう話。
